近頃、「公的保障が充実しているから保険は不要」「保険よりも運用を重視すべき」といった保険不要論がインターネットを中心に聞かれるようになりました。
一方で日本人の保険加入率は高く、保険への関心が高い様子も伺えます。
今回は、保険・リスクマネジメントの専門家である大倉教授をお招きし、保険の必要性や保険で備えておくべきリスク、自分に合った保険の選び方についてお話を伺いました。

同志社女子大学現代社会学部社会システム学科教授
大倉 真人氏
同志社女子大学現代社会学部社会システム学科教授。博士(商学)(神戸大学)。 神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。長崎大学経済学部助教授・准教授、同志社女子大学現代社会学部社会システム学科准教授を経て、現在に至る。 Asia-Pacific Risk and Insurance Association元会長および日本保険学会理事。
目次
人々が保険を意識するきっかけとは
編集部
大倉教授は保険・リスクマネジメントに関する意思決定を専門に研究されていらっしゃると伺いました。
普段、保険について常に考えている人は少ないと思いますが、何をきっかけに保険を意識するようになるのでしょうか。

大倉教授
一番考えられそうなきっかけは、そのリスクに関する情報を知ったとき、あるいは自分や家族がそのリスクを実感したときかと思います。
例えば、家族ががんにかかったら、「自分もがん保険に入っておこうかな」と思う人もいるでしょう。
大きな自然災害のニュースを見たら、「地震保険に入っておかなければ」と考えるかもしれません。
実際に自分の目の前にリスクが現れてはじめて、保険の必要性を意識することが多いのではないでしょうか。
編集部
確かに、身近な人が病気になったり大きな災害について目にすると、自分は大丈夫かな?と不安になりますね。
子どもの誕生などがきっかけで、保険の必要性を感じる人もいるのでしょうか。

大倉教授
そうですね、子どもの誕生も保険を考えるひとつのきっかけになるでしょう。
例えば、小さな子どもがいて配偶者が専業主婦・主夫である場合、一家の大黒柱に万が一のことがあると、残された家族に経済的な負担がかかります。
死亡保険の必要性を感じ、「子どもが生まれたから保険に入ろう」と思う人も多いのではないでしょうか。
編集部
40歳になったからそろそろ保険を…という人も中にはいますが、年齢は保険を考えるうえでポイントになるでしょうか。

大倉教授
考え方は人それぞれですが、40歳は人生の折り返し時点かと思います。
老後のことが不安になったり、周りで病気になった人の話を聞くことも増えてくるでしょう。
健康不安が増してくる年齢でもあるので、医療保険の必要性を感じることもあるかもしれません。
編集部
年齢や環境の変化によってリスクを認識することもあるんですね。
保険不要論は全員に当てはまる?資産運用が一番大事?
編集部
病気やケガは身近なリスクのように思えますが、一方で近年「保険不要論」も目にするようになりました。
保険加入者が多い日本で「保険不要論」がささやかれているのは、どのような心理が働いているからでしょうか。

大倉教授
特に近年、物価高などによって生活が苦しくなり、その過程で「家計の見直し」が生じ、それが「保険の見直し」に繋がるといった経済的な要因が大きいのではないかと思います。
保険は「『将来生じるかもしれない』事故」に備えるものですが、現在の生活が苦しい状況において「将来」を考える経済的余裕がないことが関係しているのではないでしょうか。
編集部
おっしゃるとおり、最近は物価の上昇や重い税負担が話題に上がっていますね。

大倉教授
例えば、夏の暑い時期に外で作業をしていて非常にのどが乾いているとき、半年後に高級な飲み物をプレゼントしますよ、と言われても嬉しくありませんよね。
それと似ていて、今現在の「生活の苦しさ」が最も大きな問題になっていると、「将来生じるかもしれないリスク」に備えておくことの優先度は低くなります。
編集部
確かに、生活が苦しいとまずはできるだけ今の出費を減らしたいと思ってしまいますね。

大倉教授
他にも、そもそもリスクを感じていない、もしくはリスクに対して保険以外の方法で備えておけば良いと感じているケースもあります。
例えば、若い学生は「自分が死んでしまったら」と考えることは高齢者に比べればあまりありませんよね。
リスクを感じていなければ、保険も不要という判断になるでしょう。
また、ある程度の資産を保有していれば、いざというときも自己資金で対応することができます。
そういった一部の富裕層にとっては保険の必要度は低くなります。
編集部
大倉教授ご自身は、「投資を優先するべき」「公的保障があれば十分」という保険不要論の考え方についてどう思われますか?

大倉教授
私は保険が不要とは思っていません。
しかし同時に、直面するリスクに対して全て保険で備えておくべきとも思っていません。
保険はあくまでもリスクマネジメント手段のひとつです。
保険で備えておくべきケースと、そうでないケースがあります。
編集部
どのような場合に保険で備えておくべきなのでしょうか。

大倉教授
例えば、自動車を運転している人はほとんどが任意自動車保険に加入しますよね。
それは、実際に人身事故を起こしたとき、自賠責の補償だけでは足りない可能性があるからです。
何千万円もの賠償金を貯蓄で払える人は、ごくごく一部です。
編集部
ほとんどの人にとって、任意自動車保険は必要ですよね。

大倉教授
他にも、大きな病気に罹患したとき、治療費や収入の減少を貯蓄でまかないきれない人にとっても、医療保険やがん保険の必要性が高くなるでしょう。
編集部
反対に、保険が必要ないケースはありますか?

大倉教授
一般的に、扶養家族がいない場合、高額な死亡保障は必要ありません。
自分が亡くなって経済的に困る家族がいないのであれば、死亡保険を検討する必要性は低くなります。
行動経済学の観点から考える「リスク評価」
編集部
大倉教授は行動経済学を用いた保険・リスクマネジメントの研究もされています。行動経済学の観点からみて、人はどのようにリスクを過大評価・過小評価してしまうのでしょうか。

大倉教授
リスクは目に見えずにおいもありません。
そのため、各個人が「主観的に」リスクの存在や大小を判断することになります。
各人が持つ「印象」のようなものが大きいといえるかもしれません。
編集部
リスクの認識には個人差があるのですね。

大倉教授
例えば、飛行機事故の発生確率は自動車事故の発生確率よりも低いのですが、飛行機事故の方が自動車事故よりも高い事故確率であると考える人も少なくないように思います。
飛行機事故のリスクを過大評価し、自動車事故のリスクを過小評価していることになります。
飛行機事故が発生した場合、多くの人が死亡し、ニュースで大々的に取り上げられるため、飛行機はリスクが高い乗り物という印象を持つのかもしれません。
編集部
確かに、飛行機事故に遭遇すると助からないイメージがあって怖いと感じる人もいますね。

大倉教授
突き詰めると、個人のこれまでの経験によるところも大きいかもしれません。
常に試験に合格している学生であれば、合格率80%のテストと聞くと「合格するだろう」と考えますが、テストに落ちた経験がある学生であれば「自分は不合格率20%に入るかもしれない」と不安に思うことがあります。
リスクをどう判断するのか、これまでの経験やその人の考え方によるところも大きいのではないでしょうか。
医療保険の加入率の高さと、実際の必要性について
編集部
日本では医療保険の加入率が特に高く、「2022(令和4)年度 生活保障に関する調査」では約70%の人が生命保険で医療保障を準備していると回答しています。
日本は公的医療保障が充実しているといわれていますが、民間の保険の加入率が高い理由にはどんなことが考えられるでしょうか。

大倉教授
私見となりますが、考えられそうな理由としては「死亡保障から生存保障へのシフト」があるように思います。
人生100年時代といわれている現在、老後の病気のリスクに備えておきたいと思う人が多いのではないでしょうか。
編集部
確かに長生きには病気や介護のリスクがつきものですよね。

大倉教授
その他にも、夫婦共働き世帯が増加したことで、死亡保障よりも医療保障のような生存保障に重きを置く人が増えたことも考えられるかと思います。
編集部
リスクマネジメントの観点から、特に医療保険の必要性が高い人はどのような人でしょうか。

大倉教授
病気のリスクは高齢者ほど高くなるため、一見若者は医療保険の必要性が低いように思えます。
しかし、リスクマネジメントの観点から考えた場合、保険と貯蓄は代替関係にあるため、貯蓄が少ない若者も医療保険で備えておく必要があるといえるかもしれません。
編集部
保険が貯蓄の代わりになるということでしょうか。

大倉教授
貯蓄が十分でないと、万が一大きな病気になったときに治療費などを確保することが困難になる可能性があります。
医療保険に加入していれば、入院時に給付金を受け取ることができ、治療費を支払うことができます。
編集部
確かに、貯蓄が少ない人ほど万が一のときの経済的なリスクは大きいですよね。

大倉教授
極端な話ですが、貯蓄が1億円あれば医療費や生活費もほぼ問題なくまかなうことができるでしょう。
しかし貯蓄がほとんどなければ、医療費の支払いや生活費の確保は難しくなります。
貯蓄が十分でない人ほど、保険で備えておくメリットがあるといえるでしょう。
ただし、給与水準が高くなく今後さまざまな支出が想定される若者にとっては、医療保険に支払う保険料自体に負担を感じられるかもしれません。
編集部
無理なく支払える範囲の保険料で、自分にとって必要な保障を確保することが大切ですね。
貯蓄と保険、どっちが良い?
編集部
保険と貯蓄は代替関係にあるというお話でしたが、いざというときの医療費負担に対して貯蓄で備えることのメリットはありますか?

大倉教授
貯蓄のメリットは資金の使途の変更が自由にできることです。
例えば、将来の医療費負担に備えて貯蓄していた資金を、日常の生活費に振り分けることも可能です。
保険の場合、自動車保険に加入していてがんになっても、自動車保険から保険金は出ませんよね。
編集部
確かに、どんな用途でも使えるお金があるのは安心に繋がりますね。

大倉教授
一方で、貯蓄にもデメリットはあります。
最も大きいのは、必要な資金を貯めるには時間がかかることです。
編集部
今現在貯蓄が少ない人にとっては、医療費に備えるために貯蓄を増やしている期間自体がリスクになりますよね。

大倉教授
そうですね。よく「貯蓄は三角、保険は四角」といいますが、保険であれば、契約締結と同時に保障が開始される点がメリットといえるでしょう。
編集部
最近では、保険料を節約してNISAなどで運用しておいた方が良いといった意見も耳にします。

大倉教授
資産運用に関しても、性質は貯蓄と同じです。
いくら運用利率が良かったとしても、急激に資産が増えることはありません。
老後に向けた資産形成は大切ですが、必要な資金が貯まるまでに一定期間必要になる点には注意が必要です。
日本人の金融リテラシーと保険会社の販売手法について
編集部
勧められるがまま保険に入っている人や、加入している保険の内容を把握していない人もいます。
保険を専門に研究しておられる大倉教授からみて、受動的に保険に加入してしまう背景には、どんな理由が考えられますか?

大倉教授
一番大きいのは、保険契約の内容を理解していないことにあるかと思います。
しかし、保険市場の現状を考慮した場合、理解していないというより理解できないという表現のほうが適切かもしれません。
編集部
保険のパンフレットや約款は、書かれていることが難しくて一度読んだだけでは理解が追いつかないことがあります。

大倉教授
保険契約に難解な言葉は、保険契約の内容の明確な定義のためにどうしても必要です。
例えば、「困ったときに助けます」という大雑把な決め事だと、困ったときって何?とトラブルになってしまいますよね。
編集部
法律の条文が難しい言葉で定義されているようなものでしょうか。

大倉教授
そうですね。特に保険の場合、給付金を支払うか支払わないかが争いになりがちです。
そのため、難しいが明確に定義されている言葉で給付金支払いについて決めておく必要があります。
編集部
保険選びをする一般の人は、細かい用語の違いについてはわからないことがほとんどだと思います。
そんな中で、保険の提案を受けた際に顧客ができることはありますか?

大倉教授
一番簡単な方法は、複数の保険会社から話を聞いて、それらの話を比較することです。
複数比較をすることで、良し悪しがより理解しやすくなるかと思います。
医療の世界ではセカンドオピニオンが広まっていますが、それと同じですね。
編集部
1社だけで決めてしまうのではなく、いくつかの保険会社で比較してみることでより選びやすくなりますね。

大倉教授
また、自身が保険に加入する理由ともいえる「保障ニーズ」を把握することも重要です。
保障は大きい方が良いのですが、その分毎月の保険料は高くなってしまいます。
さまざまな保障ニーズの中から、優先順位の高いものはどれかについて自分で整理し、払える範囲の保険料でプランを組むことが大切です。
編集部
すべてのリスクに手厚く備えておくことは、現実的に難しいこともありますよね。
保険の選び方、付き合い方
編集部
最近では、乗合代理店や保険のネット販売など、自分で保険を選べる手段が増えていますが、どんなリスクに備えたらよいかわからない、と悩んでいる人も多いかと思います。

大倉教授
保険を選ぶ際には「保障範囲」と「保障水準」を見ることが必須です。
もちろん保障範囲が広く保障水準も高い方が良いのですが、そうなると保険料水準も高くなります。
「本当にこの範囲・水準の保障が必要なのか」という視点を持って保険を選ぶ必要があるでしょう。
編集部
すべてのリスクに保険で備えておくことは難しいですが、自分にとって優先度の高い保険を判断するには、どうすればよいでしょうか。

大倉教授
保険における優先度は、自身のライフスタイルに照らして決まります。
例えば、共働きで子どもがいない夫婦であれば死亡保障の必要性は低くなりますし、小さい子どもがいる場合にはある程度死亡保障を用意しておく必要性が高いでしょう。
編集部
家族構成やライフスタイルによって必要な保障は人それぞれということですね。

大倉教授
さらに、ライフスタイルは年月の経過で変化することにも注意が必要です。
子どもが独立すればそれまで加入していた大きな死亡保障は必要なくなります。
保険に加入したらそのままにするのではなく、定期的に見直すことが大切です。
読者へのメッセージ
編集部
最後に、保険選びに迷っている読者へアドバイスをお願いします。

大倉教授
専門分野が保険ということもあり、「どんな保険に入ったら良いですか?」と聞かれることがありますが、この質問に対しては「明確な解答はない」と答えるのが常です。
現在そして将来のライフスタイルによって、加入しておくべき保険は大きく異なります。
保険に入って損なのか得なのかも、実際には保険期間が終わったときにしか判断できません。
このことを前提とした上で、保険選びにおいて最初に考えるべきは「保険で備えるのが最適なのか」についてです。
貯蓄や資産運用など、他の手段の方が適している場合もあります。
また、社会保障によってリスクがある程度カバーされており、私的保障の必要性が小さい場合もあります。
「リスクがあるので保険に入る」と決めつけないことが大切です。
また、保険料が自分の収入に見合っているかについて確認することもポイントです。
保険料で現在の生活が圧迫されてしまうと、本末転倒になります。
必要な保障を見極めて、支払える範囲の保険料で保険に加入するように心がけると良いのではないでしょうか。
編集部
ありがとうございました!


